歌詞エッセイ「彼女たちの備忘録」
「美優はさ、大きくなったら何になりたい?」
「歌手になりたい!愛莉は?」
「そうだなあ」 もう答えられるはずもなかった。
なんだか恥ずかしかった。馬鹿みたいだなって思われるのが少しだけ怖かった。
「今井さんは将来の夢とかある?」
いつも何となく誤魔化して、どうにかなる と笑えばその場をしのげるだろうと思っていた。
「いやぁ…ないですねぇ…ははは」 いつか母に言われたことがある。
「あんた昔、中学の小林っていう担任に将来の夢を話したら馬鹿にされた事があるって言ってたね。凄い腹を立ててさ、お母さんそれ…すごく印象に残ってるよ。」
ああ、そんな事があったのか。 わたしは人より忘れやすい。 すっかり無かった事にしていた。
だから言えなくなったのか、別にわたしなんかに誰も興味ないよなぁって思っていたからか、考えても何度も何度も同じ場所をなぞるだけだった。
わたしが何者になりたいのか、そうじゃないのか、なんて、わたし以外が分かるはずもなかったのに、全然わからなかった。
"普通"みたいな 何でもないような顔をして、前習え をしている格好悪い馬鹿だった。
だって、わたしはいつだって誰かに憧れていた。もっと昔は、自由に上手に息をしていたのに。
わたしには幼い頃から仲の良い「愛莉」という友達がいる。
2人でいれば何処にいたって大爆笑、超絶楽しかった。
放課後はお互いの家を行き来し、マリオカート、鬼ごっこ、花火、砂遊び、お菓子、ご飯、お風呂、なんだってした、楽しかった。
わたしの家には犬がいたし、共働きで帰りが遅いから大体いつも愛莉の家に妹も連れていって毎日を過ごした。
学校では、一緒にいることはなかったけど、別にそれで良いと思っていた。
話さなくてもずっと繋がっていたし、放課後はわたしたちの物だった。
愛莉は八重歯がすごく可愛かった。いつも面白い話をして笑わせてくれた。
憧れだった のかもしれない。中心にいるのに隙間にいるわたしをいつだって連れ出してくれた。
でも愛莉は「美優が小さい頃に守ってくれたんだよ」ってわたしが覚えてもいない話をとても幸せそうに照れ臭そうに話すのだった。
その微かな思い出が、わたしの一番の"青春"といえるものだったのかもしれない。
それは、淡い淡い水彩画のような青。今にも消えそうな水色。
いつからだろう、愛莉の名前を呼ぶことがなくなったのは。
高校が別々になってわたしは音楽活動を始めた。夏になっても、汗を流しながら足元の悪い砂場で鬼ごっこをすることはなくなったし、秋になっても2人の誕生日祝いを買いに駄菓子屋まで自転車を漕ぐ事もなくなった。
冬になっても愛莉の家のコタツに向かうことはなくなったし、春になってもクラス替えをしたところで愛莉とは一緒になれるはずもなかった。 忘れた。きっと、愛莉もわたしを忘れた。
音楽活動は順調だった。毎月3本くらいはライブをしていたし、東京にだって行っていた。
少しずつ色んな事を音楽を通して出来るようになったし、わたしは上京を決め、卒業ワンマンも大成功を収めた。 それに仲の良い友達も出来た。本当に沢山のことを話せる良い友達だった。
だから順調だった。 でも愛莉は、一度もライブに来てくれなかった。
こっちに来て1年が過ぎようとしていた春の夜、忘れていた愛しい名前からメッセージが届いた。 「わたし来年から埼玉に行く」 どうやら思っていたことはずっと同じだったらしい。
愛莉は変わった。 どちらかと言えばわたしが苦手な派手な女友達とつるむようになったし、聞く音楽も全然違った。 でもわたしも変わった。
1人が好きになったしバンドばかり聴いて、夢を追っていた。
「美優はさ、大きくなったら何になりたい?」 あの時みたいな素直な気持ちじゃもう言えないだろう。 わたしは、あの頃を思い出した、一生懸命色をつけた。
忘れないように、忘れていた思い出にもう一度装飾した、服を着せた。
「本当はね、美優が遠くに行くのが目に見えて怖かったんだ」 知らなかった。
ただいま。 おかえり。 待ってた。 わたしも。 ただいま。 おかえり。 大丈夫だよ。
次こそ忘れないからね。 ただいま。 おかえり。 ただいま。
普通と言われて生きるのは
もううんざりだよな
そんなの捨ててしまえよ
平凡に生きるのは
意外と難しいよな
そんなのどうだっていいよ
下らない愚痴ばっか言ってる奴には
何も伝わらないままでいいから
あたしたち2人の世界で
忘れたふりをして息をしていた
ただ何でもない顔をして蒸かしていた
知らなければ悲しくないと潰した
ただいま、と書き起こす備忘録
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